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【驚愕】田中将大(マーくん)の年俸推移が凄すぎる!

2016/10/14

田中将大選手の経歴・データ

生年月日 1988年11月1日生
出身地 兵庫県伊丹市
投球・打席 右投右打
身長・体重 188cm 93 kg
血液型 A型
  • 伊丹市立昆陽里小学校(昆陽里タイガース)
  • 伊丹市立松崎中学校(宝塚ボーイズ)
  • 駒澤大学附属苫小牧高等学校

 

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田中将大選手の年俸の推移

 

 ➡ 東北楽天ゴールデンイーグルス (2007 - 2013)
2006年 18歳 D1位 契約金1億円
2007年 19歳 1,500万円
2008年 20歳 6,000万円
2009年 21歳 9,500万円
2010年 22歳 1億8,000万円
2011年 23歳 2億円
2012年 24歳 3億2,000万円
2013年 25歳 4億円

 

田中将大選手は、1年目のシーズンの成績は、11勝7敗、防御率3.82で新人王を受賞しました。この年の新人王の投票数では、有効投票数171票中163票を獲得するという圧倒的な得票数でした。高卒新人としての2桁勝利は球団初です。また、投球回数もリーグ4位の186回1/3でエースの働きでシーズンを終え、1,500万円の年俸が4倍の6,000万円になりました。

2008年のシーズンは、9勝7敗、防御率3.49と日本で過ごした7シーズンの中では唯一2桁勝利をあげることができなかった年になってしまいました。ただ、この年には北京オリンピックの代表として、派遣されていた期間があるため通常通りのシーズンを送っていれば2桁勝利は確実だったように思います。高卒新人としては、江夏豊以来の40年ぶりの高卒新人から2年連続150奪三振を記録しました。年俸は、6,000万円から9,500万円にアップ。連続2ケタ勝利なら、1億の大台に届いていたかもしれません。

2009年のシーズンは、15勝6敗、防御率2.33でした。第2回WBCの日本代表に選ばれ、また開幕7連勝も記録しました。楽天球団初のクライマックスシリーズに大いに貢献し、9,500万円から約倍増の1億8,000万円で更改。プロ入り4年目の選手としてはダルビッシュ有の2億円に次ぐ、史上2番目の高額契約になりました。

2010年のシーズンは、11勝6敗、防御率2.50でした。投球回数も日本で過ごした7シーズンの中では一番少ない155回でした。7月に太腿の肉離れで離脱し、8月に一時復帰するも再診断の結果、右大胸筋部分断裂と診断され、そのシーズンはそれ以降は欠場tなりました。年俸は1億8,000万円から2億円になりました。

2011年のシーズンは、19勝5敗、防御率1.27でした。投球回数は自身初の200回越えの226回1/3を記録し、日本で過ごした7シーズンの中で最多回数となりました。奪三振数も241三振と自己最多となり、8/27のソフトバンク戦では1試合18奪三振を記録しました。最多勝利、最優秀防御率、沢村賞を獲得し、年俸は2億円から一気に3億円超えの3億2,000万円になりました。

2012年のシーズンは、10勝4敗、防御率1.87でした。防御率は2年連続の1点台とシーズンを通じて好調だったが、打線の援護に恵まれず、10勝止まりでした。年俸は3億2,000万円から4億円に到達しました。

2013年のシーズンは、伝説となっている24勝0敗、防御率1.27という素晴らしい成績を残しました。4ヶ月連続月間MVP、日本記録となる通算11度の月間MVPを達成しています。チームも球団初の日本一に輝く、胴上げ投手となりました。シーズン24連勝、棉年からの28連勝、ポストシーズンを含めた30連勝はギネス記録になっています。

 

 ➡ ニューヨーク・ヤンキース (2014 - )

2014年に7年総額約155億円($155,000,000)でニューヨーク・ヤンキースと契約しました。ポスティングによる移籍譲渡金は約20億円($20,000,000)です。移籍譲渡金は、球団に支払われます。

2014年 26歳 約22億円 ($22,000,000)
2015年 27歳 約22億円 ($22,000,000)
2016年 28歳 約22億円 ($22,000,000)
2017年 29歳 約22億円 ($22,000,000)
2018年 30歳 約22億円 ($22,000,000)
2019年 31歳 約22億円 ($22,000,000)
2020年 32歳 約22億円 ($22,000,000)

合計 約168億7,000万円(出来高除く)

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