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イチローの年俸推移が凄すぎて、もはや驚かないレベル!!!

2016/08/31

イチローの年俸の推移

<オリックス・ブルーウェーブ時代>
1992年 (18)430万円(契約金4,000万円)
1993年 (19)800万円
1994年 (20)800万円
1995年 (21)8,000万円
1996年 (22)1億6,000万円
1997年 (23)2億6,000万円
1998年 (24)4億3,000万円
1999年 (25)5億円
2000年 (26)5億3,000万円

<マリナーズ時代>
2001年 (27)約5億6,666万円($5,666,667)
2002年 (28)約3億6,960万円($3,696,000)
2003年 (29)約4億6,666万円($4,666,667)
2004年 (30)約6億5,000万円($6,500,000)
2005年 (31)約12億5,000万円($12,500,000)
2006年 (32)約12億5,000万円($12,500,000)
2007年 (33)約12億5,000万円($12,500,000)
2008年 (34)約18億円($18,000,000)
2009年 (35)約18億円($18,000,000)
2010年 (36)約18億円($18,000,000)
2011年 (37)約18億円($18,000,000)
2012年 (38)約18億円($18,000,000)

<ヤンキース時代>
2013年 (39)約6億5,000万円($6,500,000)
2014年 (40)約6億5,000万円($6,500,000)

<マーリンズ時代>
2015年 (40)約2億4,000万円($2,000,000)
2016年 (41)約2億4,000万円($2,000,000)

 

イチローの日本球界での成績と年俸の推移

1992年のシーズンは、打率.253、本塁打0本、打点5の成績でした。2軍では、打率.366で首位打者を獲得し、ジュニアオールスターでMVPを獲得しました。1軍の監督・コーチと意見が合わず、1軍で活躍する機会はあまり与えられませんでした。年俸は、430万円から800万円になりました。

1993年のシーズンは、打率.188、本塁打1本、打点3の成績でした。前年の2軍での活躍が認められ、開幕スタメンの座を勝ち取るも打率1割台と低迷し、2軍に落とされました。2軍で振り子打法を完成させ、2軍での打率は.371でした。年俸は800万円から現状維持の800万円でした。

1994年のシーズンは、打率.385、本塁打13本、打点54の成績でした。登録名を「イチロー」に変更し、日本プロ野球新記録となる69試合連続出塁、130試合制としては史上唯一となるシーズン200本安打を達成しました。史上最年少でシーズンMVPを獲得し、年俸は800万円から8,000万円になりました。

1995年のシーズンは、打率.342、本塁打25本、打点80の成績でした。首位打者・打点王・盗塁王・最多安打・最高出塁率を獲得しました。打点王と盗塁王の同時獲得は、日本プロ野球史上初です。2年連続シーズンMVPを受賞し、年俸は8,000万円から1億6,000万円になりました。

1996年のシーズンは、打率.356、本塁打16本、打点84の成績でした。8月にはプロ野球記録となる月間48安打をを記録し、3年連続首位打者を獲得しました。3年連続シーズンMVPを獲得し、年俸は1億6,000万円から2億6,000万円になりました。

1997年のシーズンは、打率.345、本塁打17本、打点91の成績でした。最多安打・首位打者を4年連続で獲得、主に3番打者として起用され、自身最高の91打点を記録しました。プロ野球記録となる216打席連続無三振を記録したのもこの年です。年俸は2億6,000万円から4億3,000万円になりました。

1998年のシーズンは、打率.358、本塁打13本、打点71の成績でした。日本プロ野球史上初となる5年連続首位打者・5年連続最多安打を記録しました。年俸は、4億3,000万円から5億円になりました。

1999年のシーズンは、打率.343、本塁打21本、打点68の成績でした。日本プロ野球史上最速となる757試合目で通算1,000本安打を達成し、6年連続首位打者を獲得した。年俸は5億円から5億3,000万円になりました。

2000年のシーズンは、打率.387、本塁打12本、打点73の成績でした。日本プロ野球歴代2位となる打率.387を記録し、7年連続首位打者を記録しました。

この年のシーズンオフに3年総額1,400万ドルでシアトル・マリナーズと契約をしました。

 

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